12月24日〜26日
サンティアゴから夜行バスで、
パタゴニアの玄関口・
プエルトモンへと南下する。

レロンカビ湾に面した港町・
プエルトモン。湾を挟んで万年雪をいただくアンデスの山々が見える。
チリは南北に長い国だ。その長さは4329km。移動するにも時間がかかる。
夕方、サンティアゴをバスで出発。
バスターミナルには
クリスマスを家族と過ごすために
帰省するのか、大きなプレゼントを抱えた人が行き交っている。今年はもれなくロンリー
クリスマスとなる。そして
クリスマスで全国浮かれポンチ列島となる日本と違うのが、町は静かにひっそりとしなってしまうところ。
教会でミサに出て、家で家族と過ごすというのが定番のようだ。
ということは頭では分かっているけれど、寝るにも食べるにもサービス産業に頼らねばならない旅人にとってはちょっとツライ。
とりあえず、イブの夜はバスで移動。
夕焼け空もオレンジ、ぶどう色、赤と目が離せない美しさ。
おまけに広がるブドウ畑に木立からこもれ出る夕日と、えらくキレイな車窓の風景。
翌朝6時過ぎに到着。
すっかり気候が変わっている。
サンティアゴでは「夏!!」という感じで汗をかいていたのに、ココに来ると上着が必要だ。
あまりに早朝すぎて、かつ、
クリスマスってことで、どっこも開いてない。
バスターミナルで2時間ほど時間をつぶし、宿へ。
8時過ぎの宿はまだ部屋の用意ができてない。寒いし行くところもないし眠い。とりあえず宿のキッチンで机に顔を突っ伏して寝る。見かねたご主人が急いで部屋を掃除してくれた。
午前中はぐっすり眠り、午後、町を散策。
ここ
プエルトモンの近くには、独自の文化で多くの教会などが世界遺産になっているチロエ島がある。
このチロエ島へのツアーがあればと思い、旅行会社を回ってみるが予想以上に高額。
金額ほど興味が湧かなかったので、行かないことに。
旅行会社は開いてるけど、多くのレストランは閉まっている。ま、
クリスマスなんで仕方がない。
選択肢のなさで地元客が集まるのは、そう、マクドナルド。
私も、仕方がないのでマックへ。
公園のベンチで海を眺めながら食べると、味も少しは違う・・・・気がするけど、やっぱり、それは気のせい。
朝の寒さとは打って変わり、昼間の日差しは強い。
夕食の選択肢のなさにガッカリしながら、ホットドックを食べる。
何でもおいしく食べる私でも、ひさびさに出合った「不味い」ホットドックだった。
パンはバサバサ、ソーセージもパサパサ。マヨネーズとケチャップの味さえボケボケ。
ま、従業員も
クリスマスでも働いているんだから、手も抜きたくなるのだろう。
26日は通常営業!
プエルトモン名物のシーフードを食べにアンヘルモと呼ばれる市場へ。
日本人旅行者が教えたのか、ウニを頼むと醤油もついてきた。
ここでの名物は「クラント」と呼ばれるムール貝やハマグリ、ソーセージにジャガイモなどを煮込んだ料理。すんごい量で出てきた。
1人大食い選手権 in
プエルトモン だ。
とりあえず「1人なので、半分にして欲しい」と言っても「それは無理」と困った顔をされただけ。
仕方がないので、ウニもクラントも半分以上残してしまう。
もったいないけど・・・・・・・。
腹ごなしに、午後の予定を考えつつ散歩。
そうそう。ここから2時間ほどバスで北へ行ったところ
プエルト・オクタイから富士山が見えると聞いていたので行くことに。
チリ富士ならぬ
オソルノ山(2661m)。周囲の雪山もきれいに見える。

結局、プエルトオクタイに行くバスは本数が少ないので、手前の町・フルティージャまで行くことにする。フルティージャにはドイツ系の移民が多かったらしく、街並みや家並もそれらしい、ということだが、ドイツに行った事がないので「ふーん」とイメージを膨らませてみる。

高原の避暑地・別荘地という感じだ。
湖畔にはコンサートホールもありハイソな雰囲気。

雪山をみながら泳ぐ人々。たしかに日差しは暖かいけど、日本人の体感温度としては、泳げません。

さて、これから移動移動です。
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- 2008/06/04(水) 02:19:57|
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12月23日
22日に、
イースター島を出発。
お世話になったキャンプサイト・ミヒノアから空港まで車で送ってもらう。
早々と空港に着いたものの、飛行機は遅れているという。
とりあえずチェックインし、荷物を預けて時間つぶしに町へもどる。
空港から町のスーパーがある辺りまで徒歩10分ほど。
出しそびれた絵葉書やスケッチしたハガキを出しに郵便局へ。
すると、ネットカフェの近くで、またしもて
中田ヒデと遭遇。どうやら、彼らも島から出る様子だ。
LAN航空のオフィスで、これから行くパタゴニア地方の国内線の予約を試みるが、ハイシーズンのため満席・・・・。何十時間もバスに揺られるのは構わないのだけど、今回の旅では時間が足りない。
「最南端の街までいけないかも・・・・・」とちょっと不安になる反面「なんくるないさ〜」と1人沖縄モードに入ってみたりもする。
と、適当に時間をつぶし空港へ戻るも、まだ絶賛ディレイ中。
いつ飛ぶねん。っていうか、まだ飛行機来てないっちゅうねん。
時間をつぶす適当なカフェもない。空港の入り口に腰を下ろしスケッチ道具を取り出して絵を2・3枚描いてみる。
てなわけで、遅れたおかげで、その日のうちに、
サンティアゴからバスで3時間ほどのビーニャ・デルマルにある日本人宿・汐見荘へ戻るつもりが、最終バスの時間に間に合わず、
サンティアゴで一晩過ごすことに。
せっかくなので、23日はサンチアゴを散策。

カテドラル(
教会)と高層ビル、そしてクリスマスツリー。新旧入り混じっています。
そして、南半球は、真夏のクリスマス。カテドラルの近くはデパートやモールが立ち並び、クリスマス商戦真っ只中!!でっかいプレゼントを抱えた家族連れが行き交う。
強い日差しの下、アイスがうまい!

1558年に建てられた
サンティアゴ大聖堂。
日曜日なので、
ミサが行われている。
ということで、本日二つ目の
ミサに紛れ込む。
わからないスペイン語の聖書の朗読や賛美歌を聴き、時々口パクで雰囲気を醸し出し、近くに座る人と握手を交わし、すっかりエセ・ジモッティー。

モネダ宮殿。衛兵の制服がカッコよかった。

久しぶりに
コロニアルな街並み。
とまぁ、首都・
サンティアゴの雰囲気を満喫してバスターミナルへ向かう地下鉄で、やられました。
財布をすられました。
治安悪いゾーンのボリビアを抜けてから、清潔快適な
チリ旅行だったため、気合が抜けていました。
後で考えると、マニュアル通りの
スリ・スタイルだったのに・・・・・。くやしいです。
混んだ地下鉄の車内に乗り込む時、親切を装ったカップルに「大きな荷物はこっちにおいたらどう?」「手すりをもったほうがいいわよ」と言われつつ、なんだかかなりガッ
チリはさまれ、密着されている感じがして・・・・。次の駅で人が降りたときには、カバンのファスナーはオープン!
ま、幸いなことに、取られたのは5000円ほどしか入れてなかった財布。
カード類は腹巻や膝にまいて服の下だし、デジカメも盗られず。
あ、でも、ペルーのリマで作った学生証も一緒に盗られてる。あ〜〜。せっかくのお土産だったのに・・・・。
盗られたものを考えると、切符を買うときから狙われていたよう。財布に見えない財布だったから・・・。
注意力が足りなかった自分にガッカリ。
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- 2008/05/28(水) 01:22:57|
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12月21日
なんとなく体調が悪いものの、
イースター島での滞在も残すところわずかなので、まだ見ていない
モアイ像「海を見つめる
モアイ」に会いに行くことにする。
今日は、レンタカーはなし。
MAPで見ると、2時間ほどでいけそうなので、1人ブラブラと出かけることに。
まずは、
スケッチしたハガキを出しに、
島の
郵便局へ。

ここでは、
モアイの消印をパスポートに押してくれる。ちなみに、3種類押して約100円。高いか安いあなた次第!ってところだが、ミーハーにも押してもらうことにする。
町に近い海辺の公園には、
モアイが鎮座中。

目が入っている。マナ=霊力が宿っているという意味らしい。
そういえば、マナという言葉は、琉球にもあったような・・・・。
海岸線に沿って伸びる道を、ずんずん進む。
カラフルだなぁ〜と近づくと、それは、共同墓地。

中米のそれは、墓石自体がカラフルな家の形をしており、ミニチュアの世界のようだったけれど、ここ
イースターは、造花の華やかさ。造花というのも合理的だけど、年中カラフルというのも、死者には嬉しいことなのだろう。

地図で見ると、近いような気がしたけど、実際に歩くと、道がクネクネしていて、「もしかしたら、相当遠いかも・・・・」とちょっと不安になり始める。

日没の時間を逆算しながら歩く。
国立公園のゲートあたりまできたようだけど、地図にない道がいくつかに分かれていて、立ち止まってしまう。
多分、このまま行くと、日没に
モアイに到着して、かえる頃には、暗闇・・・・・・。
と、脳内会議の結果、「このあたりで、引き返すか!」ということに決定。
1人で歌を歌いながら、キャンプサイトを目指して歩く。
途中、ヒッチハイクでもしようかと考えるが、せっかくなので歩くことにし、何台か車を見送る。
夕日がオレンジ色に変わる頃、海岸線に立ち並ぶ
モアイ像まで戻ってきた。

「
イースター島にきているらしい」と噂には聞いていたが、
中田ヒデがそこに居た。サインもらっても、写真を一緒にとってもらっても・・・・・しゃーないし。と、スルー。
せっかくのナイスビューなので、夕日の残照が消えないうちに、急いで
スケッチする。


欲張って描いているうちに、周りはだれもいなくなっている。
夕日もすっかり沈んでしまった。
風も冷たくなってきた。
たぶん、こうなるだろう、と予想して、ヘッドランプを持ってきたのが正解だった。
街燈が少ない通りを、自分の明かりで照らして歩く。

ライトアップされた
モアイや、レストランがあるうちはいいのだが、真っ暗な道も・・・・。
心細くなり始めたころ、やっとキャンプサイトにたどり着く。
仲よくなった旅人たちがおいしいご飯を作ってくれていた。
あ〜、ウチに帰ってきてごはんがあるって、こんなに嬉しいもんなんだ〜と、しみじみ。
これが、私の
モアイ・ラスト・ナイトなのでした。
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- 2008/05/27(火) 00:51:04|
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12月19日
お昼は、国立公園で
バーベキューしている
地元の人に「さっき、連れたばかりの魚だよ。食べる?」とごちそうになり、気がつけば、
モアイ見物もお腹いっぱい。
あっちにも、こっちにもいるんだから・・・・。
ということで、
モアイではなく、「
二つの窓」と呼ばれる洞窟を目指して、ガタガタGO!

MAPに詳しいことが乗っていないので、ツーリストらしき人を見つけては「
二つの窓の洞窟知ってる?」と呼び止めてみる。
運良く「今、そこから帰るところ」という二人組みの姉ちゃんに遭遇。彼女達いわく「でも・・・狭いし暗いし、服が泥ドロになるわよ〜」とのこと。
とにかく場所が分かりにくいらしいが・・・・。
海岸に突き出した原っぱに、それらしき空洞がないか見ながら車を走らせる。
運良く、
地元ガイドに連れられて来た一団と遭遇。
洞窟に下りるときには、懐中電灯まで借りることができた。

せ、せ、狭すぎます。メタボリックな方は、通り抜けできません。
そこそこ名所らしいのですが、看板もないので、気づかずスルーな人も多い・・・はず。
真っ暗な洞窟を進んでいくと、見えてきました。

海に向かって、ぽっかりと窓が開いてます。
波がキラキラと光って、「おぉ〜〜」。
帰り道は出遅れてしまい、頼りになるのはデジカメの液晶の気休め程度の明かりのみ。(って、全然頼りにならなかったけど)
せまくて暗い洞窟を全身の感覚で、暗闇の中、ゴソゴソと進む。
時々低い洞窟の天井に頭をぶつけることに。
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- 2008/05/27(火) 00:18:32|
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12月19日
続き・・・・
博物館でじっくり解説を見ながら過ごして外に出ると、ちょうど雨も上がっている。
さて、
モアイ巡礼のはじまりはじまり。
モアイの中には帽子をかぶったものもいる。
こちらは、帽子のための赤い
岩が出る丘。切り出したものの、かぶってくれる
モアイ像までたどりつけなかった帽子がゴロゴロと転がっている。

でっかい・・・・・。

かつて、この島で起こった部族間闘争では、
モアイを倒しあうこともあったという。
この倒れた
モアイは、運んでいる途中で置き去りにされたようだけど・・・・。

この山は
モアイ像作りに適した
岩盤でできている。
地中に刺さったままの
モアイは、
岩肌から切り出して運ぶ途中に放棄されたのだろうか。

これが切り出し途中の
モアイ。
横たわった形で切り出され、最後に背中部分を
岩肌から切り離し山の斜面を利用して下へと降ろされる。こちらの像も、途中で放置。
いったい、
モアイ作りでいくつの
岩山が消えたのか・・・・。

15体の
モアイ。
ずらりと並ぶ姿は、大家族の様子を呈している。

正座をする
モアイさん。
この周りに、馬が草を食んでいる。
なんだか、柵が牢屋をイメージさせる。
捕えられた
モアイという感じだろうか。

この
モアイたち、島の中でもけっこうバラバラと離れて点在している。
道も未舗装が多く、レンタカーでないと回るのが大変だ。
ちなみに私は
ペーパードライバー。
凸凹道で、左ハンドルなんて、絶対無理です。
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- 2008/05/19(月) 08:44:06|
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